戦国人 史料・文献データベース
戦国人の記事で参照している史料・文献・公的機関の解説を、 資料の性格を区別して横断検索できます。
資料分類の考え方
「公式サイトだから一次史料」とは扱いません。 同時代史料、翻刻・史料集、学術論文、研究書、自治体・博物館等の現代解説を分けて管理します。
古文書・古記録・日記・書状など、対象時代に作成された史料。
一次史料を収録・翻刻・校訂した刊本やデータベース。
学術誌・紀要・研究機関等に掲載された研究論文。
研究者による単著・共著・論集・専門書。
自治体・博物館・文化財機関・観光公式等による現代の解説。
辞典・事典・目録・書誌・文化財台帳等の参照資料。
一般向け書籍・ウェブ記事等。研究利用では原典・研究文献と併用。
分類を確認中の資料。
“なせばなる なさねばならぬ何事も…”の出典
上杉鷹山の歌として掲載される形と、信玄に帰される別形との違いを確認。
『大日本史料』元亀元年4月30日条
浅井氏らの動きを知った織田信長が越前から撤兵したことを史料綱文で確認。
『大日本史料』第十二編之六十二の紹介(元和9年3月20日・上杉景勝の死去)
景勝の病床、死去の日付、法音寺・極楽寺への遺言、葬儀、定勝の米沢入りと継承の経過を確認。具体的な病名は示されていない。
『大日本史料』第十編之十七(1573年8月)
1573年8月の朝倉氏・浅井氏滅亡、阿閉貞征の内応、小谷城攻囲と両当主自害の概略を確認。
『福井県史』朝倉義景の近江出兵と滅亡
1572年の小谷城救援、虎御前山城築城、朝倉軍の在陣と退却の経過を確認。
『福井県史』通史編2 第4章・反信長連合の形成と朝倉氏
1570年の浅井離反、信長の江南制圧と越前侵攻、朝倉救援、姉川と反信長勢力を確認。
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1563年生まれ、1578年忠興へ輿入れ、1600年38歳で死去を確認。
History1 丹波攻略と平定の拠点「亀山城」について
1577年頃の築城、丹波攻略・平定、城下町整備を確認。
History5 光秀出生の謎と、正室・熙子について
生年・出自が確定していないことを確認。
こうふ開府500年 武田氏三代年表・武田氏館跡資料
躑躅ヶ崎館、要害山、武田氏三代の年代と館の性格を確認。
しずおか文化財ナビ 東海道宇津ノ谷峠越
1560年の今川義元の西上を確認。
ジャンル② 小谷城・姉川古戦場と浅井氏関連史跡
虎御前山城が信長の陣城であり、羽柴秀吉・柴田勝家らが布陣した城であることを確認。
シンポジウム 今川館の姿にせまる
1554年の三国同盟、1560年の桶狭間での討死を確認。
ほうとう(のし入れ、のし込み)
ほうとうは信玄考案の陣中食とも言われる一方、文献上は江戸時代以降に多く登場することを確認。
ミュージアム展示解説シート「細川三斎と八代」
1563年生まれ、三斎号、1632年の八代移住、1645年の死去、茶・和歌・能・絵画など文化活動を確認。
一言主17 浅井家の450年
織田家との同盟、お市との婚姻、朝倉家との共闘、小谷城の戦いでの敗北を確認。
一言主29 とっておきの話
1570年に浅井・朝倉連合軍と織田・徳川連合軍が姉川で戦ったことを確認。
上杉三郎景虎書状
景虎が北条氏康の子で謙信の養子となり、死後に景勝と御館の乱を戦ったことを確認。
上杉定勝 親と子②
景勝没年1623年3月20日と定勝への家督継承を確認。
上杉景勝
景勝の出自、母・仙桃院、幼名、1575年の改名、菊姫、御館の乱を確認。
上杉景勝 1555–1623
生年1555年、没年1623年を確認。
上杉景勝感状
1578年の内乱に関する景勝方の軍事文書を確認。
上杉景勝書状
御館の乱後の越後平定・新発田重家との対立・三条城の普請を確認。
上杉景勝書状(1578年6月12日)
景虎側と御館周辺の1578年6月戦闘
上杉景勝書状(天正7年3月19日)
1579年3月の御館落城・景虎逃走・鮫ヶ尾城と坂戸城への指示を確認。文書成立日と後日発生事象を区別。
上杉景勝書状(慶長4年2月)
会津移封後の領国支配と、関ヶ原につながる工事・政治状況を確認。
上杉景勝書状(鳥坂の攻防)
1578年に鳥坂城など越後北部にも内乱が及んだ証拠
上杉謙信は女だった
女性説を広めた八切止夫の著作が小説として登録されていることを確認。
上杉謙信公のふるさと
誕生、林泉寺、家督継承、川中島、毘沙門天信仰、未婚など人物概要を確認。
上杉謙信妻帯説を再検証
近年、妻帯の可能性を史料から再検討する議論があることを確認。
研究用データとして利用する
史料・文献マスターの公開書誌データをCSVで取得できます。内部の研究メモや管理情報は含みません。